はやる気持ちを抑えつつ、時計を確認する。宮脇は8時15分頃に北口に現れ、
岩瀬浜駅発8時31分の列車に乗ろうとタクシーの後部ドアを開けた。その間、わずか16分。
先ほどの電車の折り返しは
岩瀬浜を8時35分に発車する。宮脇と同じ条件でやるならば、8時19分頃にタクシーを捕まえればいい。まだ10分以上ある。
富山ライトレール用に建設されている新駅のホームや併用軌道の路盤を見物しつつ、時間を潰す。

そして、8時19分。いい頃合いになったので、タクシー乗り場へ向かう。これから宮脇のタクシー追跡劇の再現だ。
「どこまで?」
「
岩瀬浜駅まで」
「えっ、
岩瀬浜に駅があるの?」
予想外の反応だった。タクシー運転手なのに
岩瀬浜駅の所在地が分からない。おい、こりゃどうすればいいんだ。「まあ、とりあえず
岩瀬浜に行ってください」というと、ゆっくりとアクセルを踏み始めた。
児戯に類した乗車目的は、なるべくひとにいわないですませたい。今ならば、
富山港線に乗りたいからタクシーに乗ったといえば、それなりに通じるとは思う。鉄道趣味もそれだけの浸透と拡散は進んでいる。ただ、三一年前にそうやって
岩瀬浜に向かった作家がいて、今日はその足跡を辿っていると説明してもまず伝わらない。私も、なるべくなら
岩瀬浜の駅付近にもっともらしい所用があるような顔で乗っていたい。
[【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その3]の続きを読む
- 2006/09/30(土) 10:23:46|
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宮脇のルートを追うなら、この後、
神岡鉄道で終点まで往復しなければいけないのだが、それだと
富山着は二時間遅れの9時45分着になる。昨年末に訪れてもいるし、とりあえず今回は割愛しようと思う。第三セクター会社でJRとは別になっている。宮脇も許してくれるだろう。
一ヶ月ぶりの
猪谷駅だが、やはりよい駅である。日曜日ということもあり、朝にもかかわらず駅にいる客はほとんどいない。冬晴れということもあって朝霧が覆う幽遼な空間というには程遠かったが、雪と山々と青空のコントラストはまた格別の印象を旅行者に与えてくれる。
昨年の水害で不通となっている
高山方面へは、駅前に停車している代行バスに乗り継ぐことになっている。次は8時33分までないし、乗換客は誰もいない。また、
神岡鉄道の気動車にも一人だけ。宮脇が訪れた三一年前は祝日にもかかわらず乗客で満杯だったと言うのだから、鉄道というものがこの地域で果たす役割がいかに小さくなっているのか。いやというほど思い知らされる。
[【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その2]の続きを読む
- 2006/09/29(金) 22:04:43|
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さて、これから数回、2006年1月に行った
急行「
能登」→
富山港線の旅行です。
宮脇俊三の足跡を追って「
時刻表2万キロ」のパロディーをやっちゃいました。
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鉄道の「時刻表」にも愛読者がいる。
私もそんな一人で、年に四〜五冊は買い求め、ベットに寝転がりながらページを捲るのを楽しみにしている。やはり影響を受けたのは
宮脇俊三であり、彼の処女作『
時刻表2万キロ』によってこの道に導かれることになった。
さて、私は『
時刻表2万キロ』の第1章「神岡線・
富山港線・氷見線・越美北線」の行程通りに宮脇の足跡を追っていこうと考えていたのだが、いくつか問題があった。
まず、上野駅から乗る
急行「越前」。この列車は八二年改正で「
能登」と改称され、上越線経由となる。二〇〇六年現在でも電車
急行として残っており、これに乗車することは可能だが、富山駅着が5時40分と、宮脇の乗った「越前」より到着が50分遅い。いや、たとえ早かったとしても、
高山本線、神岡線改め
神岡鉄道線に具合の良い列車が走っておらず、神岡駅改め奥飛騨温泉口駅まで朝の間に往復できない。
さらに、鍵となる
富山港線が、二〇〇六年二月いっぱいでJRとしての営業を終えることになっていた。第三セクター会社の富山ライトレールとして再生するため、その工事期間はバス代行になる。LRTが走った後の姿も興味深いのは確かなのだが、そうなると宮脇が歩いた時代とかなりイメージが異なってくる。
他にも、越美北線が水害で部分運休しているし、南福井駅が起点かどうかという旅行派マニアの命題もJR化で意味がなくなっている。九頭竜湖から美濃白鳥に抜ける国鉄バスもとっくの昔に消えている。もう何もかもが当時と違うのだ。
まあ、宮脇が現地を訪れてから三十年も経っているのだし、拘りだしたらきりがないのだが、そこらは一線を引いておかねばならない。とりあえず、神岡行きは割愛し、
高山本線の始発で
猪谷まで往復。そして、富山駅でタクシーを捕まえ、東岩瀬駅へ向かうというプランを描いた。後は出たとこ勝負。
ちょうど平成十八年(二〇〇六)一月二七日、東京で新年会があったので、それに絡めて北陸に向かうことにした。
上野発23時33分の上越線回り金沢行
急行「
能登」は16番線に入っている。上野口で唯一となった国鉄型特急の489系で、最後尾三両は指定席、そしてグリーン車一両、自由席五両の九両編成である。JR以降に登場した新車ばかりになった現在、設備的にはかなり見劣りするが、そのかわり、いかにもこれから夜道を行くぞと言った風情がある。ただ、時計を見ると、もう時間は一〜二分しかない。ホーム端にある券売機で
急行券を買い求め、チャイムの鳴るホームを小走りで駆けていく。
急行「
能登」は23時33分を待ちかねたように定刻に発車した。
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- 2006/09/27(水) 06:38:57|
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