各雑誌で書いてきたコラムやエッセイをまとめた作品である。生前、新潮社から3冊出たシリーズの第1弾になる。アンソロジーはこうやって編むんだっていう見本のようなエッセイ集である。
枯れてしかるべき五十歳代のオジサンが児戯に満ちた趣味に興じるその心意気を伝えていこうとのお節介心が楽しい。北海道2編と陸羽東線の作品は短編ならではの味わいがある。不要不急の父親の悲哀を感じさせる「君臨すれども」が特におすすめ。
それと、冒頭、「点の旅と線の旅」と題する作品を載せている。交通機関が技術発展することで、「旅」の目的は観光地の「点」を訪ねるだけになってしまった。本来、その点と点を結ぶ「線」の中に旅の醍醐味があったのでは......と旅の楽しさを解きほぐす。これは宮脇の各紀行作品に通ずるスタンスにもなっている。
あと、「
山陰ストリップ特急」。
書き出しは国鉄の運賃や料金の話から始まる。長い時間乗っていられる
鈍行が安くて、短いはずの
特急が高くなるのはおかしいのじゃないか、というのだ。
鉄道の経費は運用効率の良い
特急の方が安いはず、なぜ乗客はクレームを付けないのかと言い切る。そして、東北本線で客車普通に乗車した話(「最長片道切符の旅」より)を持ち出し、「
鈍行列車、これこそ現代の贅沢なのだ」と結論づける。
もちろん、全てを分かっていての筋書きである。
それが突然、カニの話になり、
鳥取での想い出になり、夜の街並みで「バァ」に言った話になる。「汽車旅12ヶ月」の2月の項を見ると、1974年のことであろう。
そして、最後に入ったのがストリップ小屋。500円払って場内に入ると、客は自分一人。いつしか窓口にいた四十代の老婆がヌードで踊り出す。
本作の雰囲気からかなり浮いているのだが、その強引な筋道が魅力的だ。
鈍行は
特急より魅力的という論点、そしてストリップなのに過程を無視していきなり裸になるのはという感想。しかも、いつしか目の前のダンスのことを忘れて、頭の中は明朝乗る因美線のことばかり(ここらは自分も経験がある......)。そうした異質の物同士のミスマッチが気持ちいい。
なお、宮脇家の墓の横には碑が建てられているのだが、そこには「
終着駅は始発駅」と刻まれている。

「旅」誌「
宮脇俊三の世界」で「
山陰ストリップ特急」を取り上げた勝谷誠彦の取材当時の日記。
勝谷誠彦の××な日々。「2000/06/28 (水) 生殺し国家の火の山は…。」
http://www.diary.ne.jp/search.cgi?user=31174&cmd=show&num=200006283962140803&log=2008710865&word=
宮脇俊三
- 2006/09/25(月) 20:27:22|
- 宮脇俊三の話
-
| トラックバック:0
-
| コメント:0