とれいん工房の鉄道省私文書館

鉄道関係の情報を中心としたブログ。主に未成線や廃線、鉄道史、宮脇俊三、関西の鉄道、ローカル線など鉄道趣味の外縁部を紹介します。

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【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」

 さて、これから数回、2006年1月に行った急行能登」→富山港線の旅行です。宮脇俊三の足跡を追って「時刻表2万キロ」のパロディーをやっちゃいました。

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 鉄道の「時刻表」にも愛読者がいる。
 私もそんな一人で、年に四~五冊は買い求め、ベットに寝転がりながらページを捲るのを楽しみにしている。やはり影響を受けたのは宮脇俊三であり、彼の処女作『時刻表2万キロ』によってこの道に導かれることになった。

 さて、私は『時刻表2万キロ』の第1章「神岡線・富山港線・氷見線・越美北線」の行程通りに宮脇の足跡を追っていこうと考えていたのだが、いくつか問題があった。
 まず、上野駅から乗る急行「越前」。この列車は八二年改正で「能登」と改称され、上越線経由となる。二〇〇六年現在でも電車急行として残っており、これに乗車することは可能だが、富山駅着が5時40分と、宮脇の乗った「越前」より到着が50分遅い。いや、たとえ早かったとしても、高山本線、神岡線改め神岡鉄道線に具合の良い列車が走っておらず、神岡駅改め奥飛騨温泉口駅まで朝の間に往復できない。
 さらに、鍵となる富山港線が、二〇〇六年二月いっぱいでJRとしての営業を終えることになっていた。第三セクター会社の富山ライトレールとして再生するため、その工事期間はバス代行になる。LRTが走った後の姿も興味深いのは確かなのだが、そうなると宮脇が歩いた時代とかなりイメージが異なってくる。
 他にも、越美北線が水害で部分運休しているし、南福井駅が起点かどうかという旅行派マニアの命題もJR化で意味がなくなっている。九頭竜湖から美濃白鳥に抜ける国鉄バスもとっくの昔に消えている。もう何もかもが当時と違うのだ。
 まあ、宮脇が現地を訪れてから三十年も経っているのだし、拘りだしたらきりがないのだが、そこらは一線を引いておかねばならない。とりあえず、神岡行きは割愛し、高山本線の始発で猪谷まで往復。そして、富山駅でタクシーを捕まえ、東岩瀬駅へ向かうというプランを描いた。後は出たとこ勝負。
 ちょうど平成十八年(二〇〇六)一月二七日、東京で新年会があったので、それに絡めて北陸に向かうことにした。

 上野発23時33分の上越線回り金沢行急行能登」は16番線に入っている。上野口で唯一となった国鉄型特急の489系で、最後尾三両は指定席、そしてグリーン車一両、自由席五両の九両編成である。JR以降に登場した新車ばかりになった現在、設備的にはかなり見劣りするが、そのかわり、いかにもこれから夜道を行くぞと言った風情がある。ただ、時計を見ると、もう時間は一~二分しかない。ホーム端にある券売機で急行券を買い求め、チャイムの鳴るホームを小走りで駆けていく。
 急行能登」は23時33分を待ちかねたように定刻に発車した。

20060927093700.jpg


 今夜は出版社関係の方たちとわずかに酒をのんだので、列車ではもうのまない。というか、私はもともとアルコールが一滴ものめない。あすは早朝の富山で降りるのだが、すでに酔いが回ってきているようで、目覚ましをかけることすらできない。先頭の禁煙自由席車に乗り込んだのだが、予想通り車内はガラガラで客は5~6人ほど。これ幸いと、転換クロスシートを向かい合わせにして、四人分の席を一人で占領する。どらかと睡眠は浅い方なのだが、気が付けば眠り込んでいた。わずかでも酒を口にした効果があったのだろう。
 目が冴えたとき、列車は駅に停まっていた。眼鏡をかけて窓の外を見ると、泊駅だった。5時4分、定刻である。時計の日付は一月二八日になっていた。
 もう眠れなくなって、5時40分富山着。二〇〇六年一月二八日、あたりはまだ暗い。

20060927093710.jpg


 改札口を通り、駅の窓口へ行く。年末以来、北陸地方では大雪が続いており、列車がダイヤ通りに動くことがあまりなかったのだ。先月、友人と富山を訪れたときも、北陸本線の特急は桁並み1時間近く遅れており、夜行はすべて運休になっていた。
「とりあえず、昨晩は雪はあまり降っていないようです」との駅員の言葉を信じることにしよう。ダイヤが乱れると、計画はすべて台無しになる。
 高山本線始発の猪谷行は三両編成で、定刻6時4分に発車する。日曜日ということもあり、私の乗っている車両には二人しか客がいない。やはりまだ眠い。シートに丸くなって眠らせてもらうことにする。
 やがて空は白みだしてきた。冬と言うこともあって車内からは闇の帳が続いているようにも感じる。
 駅名標を見ると、楡原駅だった。次は終点の猪谷だが、七キロほどあるのでしばらく時間はかかる。列車は峠に向かって高台を力走しており、車内からは眼下の神通川の流れを一望できる。一見すると、清らかな水にも見えるが、現実は甘くない。影響は抜け切れていない。以前、イタイイタイ病の水質調査で神岡鉱山に入ったこともあるのだが、今でも鉱山から出る排水には基準量以上のカドミウムが含有していて、それを処理しなければならないとのことだ。

20060927093352.jpg


 猪谷には6時52分に到着。終着である。積雪は1m弱。年末に訪れたときのようなドカ雪ではなく、とりあえず一安心である。

20060927093720.jpg



(続く)
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  1. 2006/09/27(水) 06:38:57|
  2. 宮脇作品の痕跡を辿る旅

プロフィール

もりくち

Author:もりくち
関西在住の鉄道マニア兼バックパッカー。「とれいん工房」として同人誌を多数発行。2001年に「鉄道未成線を歩く 私鉄編」、2002年に「鉄道未成線を歩く 国鉄編」をJTB出版事業局(現、JTBパブリッシング)から刊行しています。日々の話は、下のリンク先にある「とれいん工房の汽車旅12ヵ月」へ。連絡先はmalmori●nifty.com。

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