とれいん工房の鉄道省私文書館

鉄道関係の情報を中心としたブログ。主に未成線や廃線、鉄道史、宮脇俊三、関西の鉄道、ローカル線など鉄道趣味の外縁部を紹介します。

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宮脇俊三書評40作 (3)「時刻表昭和史」

時刻表昭和史 時刻表昭和史
宮脇 俊三 (1980/01)
角川書店
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 私が初めて読んだのは確か小学校4年生の時である。この本が刊行された翌年で、確か近所の市立図書館で借りて読んだ記憶がある。
 正直言うと、初見の時の印象はあまり良くなかった。教科書やら戦争やら軍人やらのエピソードばかりで、鉄道の話は少ない。そもそも昭和ヒト桁の鉄道史にはあまり興味が沸かなかった。
 昭和初期の近代史って、子供にはなかなか難しいと思う。三国志や戦国時代物のように英雄英傑が闊歩したり血湧き肉躍る物語があるわけでもないし、野口某や与謝野某のようにやたらと肩肘張ったヒトばかり登場してくる。

 鉄道史でもそう。題名だけ見ていると、「燕」や「富士」が闊歩した華やかかりし黄金時代の時刻表史と錯覚してしまう。そういった類の文章はそれまでも何度か見たことがあるけれど、「あの頃は良かった」という年寄りの懐古趣味的雰囲気が漂っていて、違和感を覚えていた。単なるノスタルジーは後学の者にとっては意味がない。「宮脇俊三もツマラんものを書くんやなあ」と斜め読みして図書館に返しに行った。

 その後、再び出会ったのは中学3年生の時である。3年ほど前から宮脇本のコレクトを始めていたのだが、この本だけはどうしても見つからなかった。ところがどっこい、近所に新しくできた郊外型の書店に『時刻表昭和史』が紛れ込んでいた。しかも、発行から7年も経っているのに初版が。レアアイテムを見つけたことに喜び勇んでレジへ向かった。
 後に『旅は自由席』の「自作再見『時刻表昭和史』」にも触れられているけど、一般読者のウケもあまり良くなかったらしい。初期の宮脇作品にしては珍しく増刷はされず、初版だけで打ち止めになっていたのだ。
 そして、6年ぶりの再読。凡百の鉄道史物と一緒くたにして読まず嫌いにした不明を恥じた。

 内容は、幼年期から青年期に差しかかった宮脇の思い出話。最近で言うところの自分史である。年甲斐もなく鉄道が好き……という所を除くと、軍国少年でも天才少年でもない、ノンポリで地味な坊ちゃん。衆院議員の末息子という特権を活かして、青函連絡船に乗って北海道狩勝峠に行ったり、第一種急行(元特急「富士」)で山口県秋吉台に行ったり……と全国を飛び回る。
 そんな若者の一人旅は今じゃあ珍しくもなくなった。でも、宮脇が旅したのは、昭和17年から20年にかけて戦火が広がって本土空襲も激しくなった時期。不急不要の旅は制限されたのにもかかわらず、規制を潜り抜けて全国行脚を繰り返す。
 戦中戦後を描いた小説や随筆というのは「混乱」や「死」といった非日常的な緊張感が必ず放り込まれているのだけど、『時刻表昭和史』はそうした要素とは無縁である。描かれているのは非常時の物見遊山の旅。下手したら国賊モノの扱いもされかねない。

 そんな中で、あえて現実から逃避しようとした宮脇に共感を覚える。同世代の人間が次々と戦地に向かう中で、理系の大学生と言うことでモラトリアムされていることの後ろめたさ。なんで自分だけ内地で生き残っているんだ、大して勉強もしていないのにこのままでいいんだろうかとの焦燥。変わり行く風景、そして次々と削減されていく優等列車に対する無念の言葉。
 戦争に反対するわけでもなく、さりとて言い訳することもなく、淡々と日常世界と旅の風景を交互に描いていく。そこには、自分が夢見た鉄道旅行という世界がまもなく終わりを告げようとしていることに対する予感が込められている。
 とにかく、冒頭にある渋谷のハチ公のエピソードや、軍国主義の風潮に今ひとつ乗り切れない傍観者的態度、そして政治家でありながら失脚していく父親に対する想いを読み進めていくと、後にも通ずる宮脇一流の冷徹な視点を垣間見ることができる。

 そんな宮脇青年を見ていると、知識偏重で頭でっかちになりながら、どこか醒めた気分で物事に対処している最近の若者がダブって見えてくる。そうした連中に、非常時のまっただ中に鉄道が放り込まれていて道楽に興じることもできなかった時代があったことを伝えよう……との戦前世代特有の使命感が溢れ出ている。過度な感情表現によるアジテーションを避けながら、押さえた演出で的確にあの時代を描写していると思う。
 一番魅力的なのは、13章の米坂線の場面。8月15日に新津から米沢に向かう途中、正午前に今泉駅に降り立つ。駅前広場に流れる玉音放送。あらゆる人々の時が止まる中、いつもと同じ機関車が定刻通り運行を行っている。一つの時代が終わろうとしている中でも、愛おしい日常は続いていく。国鉄分割民営化の狂騒に混乱していたあの頃、このくだりを読んで、一人涙したのを思い出す。

        【1980年 角川書店】
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  1. 2006/09/05(火) 19:57:19|
  2. 宮脇俊三の話

プロフィール

もりくち

Author:もりくち
関西在住の鉄道マニア兼バックパッカー。「とれいん工房」として同人誌を多数発行。2001年に「鉄道未成線を歩く 私鉄編」、2002年に「鉄道未成線を歩く 国鉄編」をJTB出版事業局(現、JTBパブリッシング)から刊行しています。日々の話は、下のリンク先にある「とれいん工房の汽車旅12ヵ月」へ。連絡先はmalmori●nifty.com。

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