とれいん工房の鉄道省私文書館

鉄道関係の情報を中心としたブログ。主に未成線や廃線、鉄道史、宮脇俊三、関西の鉄道、ローカル線など鉄道趣味の外縁部を紹介します。

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【宮脇俊三と中公 その1】宮脇俊三の隣人、北杜夫。そして中央公論社の編集者

 宮脇が処女作『時刻表2万キロ』を刊行したのは七八年、五一歳の時だった。作家のデビューとしてはかなり遅い年齢である。だが、その温もりの伝わってくる文体によって読者を魅了し、単なる趣味の人たちに限らず、広い層に対して鉄道旅行の魅力を伝えることになる。その蓄積は一朝一夕で身につけたわけではない。作家活動の直前まで勤務していた中央公論社(現、中央公論新社)での活動があったからこそのものだ。
 ここでは、宮脇作品を生み出す土壌となった中央公論社における二七年の編集者生活を見ていきたい。

時刻表2万キロ (1978年) 時刻表2万キロ (1978年)
宮脇 俊三 (1978/07)
河出書房新社

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  1. 2006/12/08(金) 21:47:27|
  2. 宮脇俊三と中央公論社

【マダガスカル鉄道】フランス・ミシュラン製のゴムタイヤ気動車

 2006年10月に訪れたマダガスカルの鉄道について何回かに分けて報告してみましょう。

 まずは、マダガスカル中部の都市、フィアナランツアの車庫で見つけたレールバスです。
 この気動車は、むかし宗主国だったフランス製。それ自体は珍しくないんですが、製造会社はタイヤやレストラン格付けで有名なミシュランなんです。車番は410。

20061122234548.jpg


 形状は鉄道車両というよりバスに似ています。「となりのトトロ」のネコバスとかボンネットバスとかそういうのを思い出させてくれます。運転台は片方のみ。後部は真ん丸のカワイイお尻になっています。

20061122234642.jpg


 この車両の最大の見所は、前側車輪。レールの上を走るんで鉄車輪ではあるのですが、線路上での振動を防ぐためにゴムタイヤを履いているのです。なんでも、夜行列車での揺れを嫌ったミシュラン社の創始者のアイデアだとか。でも、他社では普及しなかったので、あまり実用性はなかったのでしょうね。
 後輪は気動車としては珍しい3軸台車です。

20061122234721.jpg


20061122234709.jpg


 運転台を覗くとこんな感じでした。ほとんどバスですね。あと、客室は写真でうまく撮れなかったのでここでは紹介できませんが、籐製のイスが30基ほど並べられていました。

20061122235740.jpg

  1. 2006/11/23(木) 00:01:47|
  2. 海外の鉄道

しばらく更新を止めます。

しばらくネットとアクセスしづらい環境になるので更新を停止いたします。次回は11月上旬の予定。

では。


とれいん工房の汽車旅12ヵ月
http://d.hatena.ne.jp/katamachi/

20060930153845.jpg

  1. 2006/09/30(土) 15:39:17|
  2. 未分類

【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その3

 はやる気持ちを抑えつつ、時計を確認する。宮脇は8時15分頃に北口に現れ、岩瀬浜駅発8時31分の列車に乗ろうとタクシーの後部ドアを開けた。その間、わずか16分。
 先ほどの電車の折り返しは岩瀬浜を8時35分に発車する。宮脇と同じ条件でやるならば、8時19分頃にタクシーを捕まえればいい。まだ10分以上ある。富山ライトレール用に建設されている新駅のホームや併用軌道の路盤を見物しつつ、時間を潰す。

20060930101746.jpg


 そして、8時19分。いい頃合いになったので、タクシー乗り場へ向かう。これから宮脇のタクシー追跡劇の再現だ。
「どこまで?」
岩瀬浜駅まで」
「えっ、岩瀬浜に駅があるの?」
 予想外の反応だった。タクシー運転手なのに岩瀬浜駅の所在地が分からない。おい、こりゃどうすればいいんだ。「まあ、とりあえず岩瀬浜に行ってください」というと、ゆっくりとアクセルを踏み始めた。
 児戯に類した乗車目的は、なるべくひとにいわないですませたい。今ならば、富山港線に乗りたいからタクシーに乗ったといえば、それなりに通じるとは思う。鉄道趣味もそれだけの浸透と拡散は進んでいる。ただ、三一年前にそうやって岩瀬浜に向かった作家がいて、今日はその足跡を辿っていると説明してもまず伝わらない。私も、なるべくなら岩瀬浜の駅付近にもっともらしい所用があるような顔で乗っていたい。

20060930101801.jpg

[【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その3]の続きを読む
  1. 2006/09/30(土) 10:23:46|
  2. 宮脇作品の痕跡を辿る旅

【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その2

 宮脇のルートを追うなら、この後、神岡鉄道で終点まで往復しなければいけないのだが、それだと富山着は二時間遅れの9時45分着になる。昨年末に訪れてもいるし、とりあえず今回は割愛しようと思う。第三セクター会社でJRとは別になっている。宮脇も許してくれるだろう。

 一ヶ月ぶりの猪谷駅だが、やはりよい駅である。日曜日ということもあり、朝にもかかわらず駅にいる客はほとんどいない。冬晴れということもあって朝霧が覆う幽遼な空間というには程遠かったが、雪と山々と青空のコントラストはまた格別の印象を旅行者に与えてくれる。
 昨年の水害で不通となっている高山方面へは、駅前に停車している代行バスに乗り継ぐことになっている。次は8時33分までないし、乗換客は誰もいない。また、神岡鉄道の気動車にも一人だけ。宮脇が訪れた三一年前は祝日にもかかわらず乗客で満杯だったと言うのだから、鉄道というものがこの地域で果たす役割がいかに小さくなっているのか。いやというほど思い知らされる。

20060929220036.jpg

[【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」 その2]の続きを読む
  1. 2006/09/29(金) 22:04:43|
  2. 宮脇作品の痕跡を辿る旅

【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」

 さて、これから数回、2006年1月に行った急行能登」→富山港線の旅行です。宮脇俊三の足跡を追って「時刻表2万キロ」のパロディーをやっちゃいました。

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 鉄道の「時刻表」にも愛読者がいる。
 私もそんな一人で、年に四~五冊は買い求め、ベットに寝転がりながらページを捲るのを楽しみにしている。やはり影響を受けたのは宮脇俊三であり、彼の処女作『時刻表2万キロ』によってこの道に導かれることになった。

 さて、私は『時刻表2万キロ』の第1章「神岡線・富山港線・氷見線・越美北線」の行程通りに宮脇の足跡を追っていこうと考えていたのだが、いくつか問題があった。
 まず、上野駅から乗る急行「越前」。この列車は八二年改正で「能登」と改称され、上越線経由となる。二〇〇六年現在でも電車急行として残っており、これに乗車することは可能だが、富山駅着が5時40分と、宮脇の乗った「越前」より到着が50分遅い。いや、たとえ早かったとしても、高山本線、神岡線改め神岡鉄道線に具合の良い列車が走っておらず、神岡駅改め奥飛騨温泉口駅まで朝の間に往復できない。
 さらに、鍵となる富山港線が、二〇〇六年二月いっぱいでJRとしての営業を終えることになっていた。第三セクター会社の富山ライトレールとして再生するため、その工事期間はバス代行になる。LRTが走った後の姿も興味深いのは確かなのだが、そうなると宮脇が歩いた時代とかなりイメージが異なってくる。
 他にも、越美北線が水害で部分運休しているし、南福井駅が起点かどうかという旅行派マニアの命題もJR化で意味がなくなっている。九頭竜湖から美濃白鳥に抜ける国鉄バスもとっくの昔に消えている。もう何もかもが当時と違うのだ。
 まあ、宮脇が現地を訪れてから三十年も経っているのだし、拘りだしたらきりがないのだが、そこらは一線を引いておかねばならない。とりあえず、神岡行きは割愛し、高山本線の始発で猪谷まで往復。そして、富山駅でタクシーを捕まえ、東岩瀬駅へ向かうというプランを描いた。後は出たとこ勝負。
 ちょうど平成十八年(二〇〇六)一月二七日、東京で新年会があったので、それに絡めて北陸に向かうことにした。

 上野発23時33分の上越線回り金沢行急行能登」は16番線に入っている。上野口で唯一となった国鉄型特急の489系で、最後尾三両は指定席、そしてグリーン車一両、自由席五両の九両編成である。JR以降に登場した新車ばかりになった現在、設備的にはかなり見劣りするが、そのかわり、いかにもこれから夜道を行くぞと言った風情がある。ただ、時計を見ると、もう時間は一~二分しかない。ホーム端にある券売機で急行券を買い求め、チャイムの鳴るホームを小走りで駆けていく。
 急行能登」は23時33分を待ちかねたように定刻に発車した。

20060927093700.jpg

[【宮脇】時刻表2万キロの足跡を辿る旅「神岡鉄道線・富山港線」]の続きを読む
  1. 2006/09/27(水) 06:38:57|
  2. 宮脇作品の痕跡を辿る旅

「リバイバル くずりゅう」を撮ってきました。

 さあ、鉄系ブログっぽい、写真撮影の話です。いつもはマジメに別なところで日記を付けているのですが、「はてな」ってなんか写真が貼りにくいですからね。http://d.hatena.ne.jp/katamachi/20060923/1159022389 →これが元にした記事。


 先日の土曜日(9月23日)は北陸本線で走っていた急行「リバイバル くずりゅう」を撮りに長浜市方面へ行っていました。

 8号線を北上してテキトーに右へ曲がったら、マニアさんがたくさんいました。長浜駅の北側、姉川橋梁の南側のところです。ここは有名な撮影地だったんですね。地元民ながら知りませんでした。上りが来た11時過ぎには最終的には50人弱はいたと思います。
 僕も含めて、近くの農道にクルマを止めていたのですが、それが20台ぐらいに増えて、農家の方の邪魔になってしまいました。警察の方が来たこともあって、有志で駐車の整理整頓することになります。こーゆーイベント列車の撮影って昨秋に1回「北びわこ号」を撮りに行ったぐらいしか経験がないのですが、凄いことになっているんですね。隣にいた高校生ぐらいの少年が携帯電話しているのを聞いていると、余呉駅で鉄道マニア同士のトラブルがあって、当人の友人ってのが警察に通報したとか(聞くつもりもなかったのですが、うるさかったんです)。
 米原行き上りは11:05頃に通過。印象的だったのは、地元の方5人ぐらいが僕らの後ろで見学していたのですが、「くずりゅう」を見て、「な~んだ、ただの電車じゃないの」とボヤいていたこと。すみません。確かに475系って華がないですね。


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 続いて米原発は、虎姫駅の北側(河毛駅の南側)の田圃の中で捉えました(12:20頃通過)。ここは市街地に近い割には線路際に建物とかが全くなく、ただただ田んぼが広がっているのみ。個人的には、カメラを構えず、ぼーっと列車が過ぎ去っていくのを見ているだけでも楽しいところです。ここも10人ぐらいいたでしょうか。
 滋賀県内の北陸本線下り列車は逆光となる場所が多いらしいので、写真はイマイチ。そこらは勘弁してください。

20060926003629.jpg


20060926003700.jpg

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  1. 2006/09/26(火) 01:04:24|
  2. 鉄道趣味の話

宮脇俊三書評40作 (16)「終着駅は始発駅」

 各雑誌で書いてきたコラムやエッセイをまとめた作品である。生前、新潮社から3冊出たシリーズの第1弾になる。アンソロジーはこうやって編むんだっていう見本のようなエッセイ集である。
 枯れてしかるべき五十歳代のオジサンが児戯に満ちた趣味に興じるその心意気を伝えていこうとのお節介心が楽しい。北海道2編と陸羽東線の作品は短編ならではの味わいがある。不要不急の父親の悲哀を感じさせる「君臨すれども」が特におすすめ。

終着駅は始発駅 終着駅は始発駅
宮脇 俊三 (1985/08)
新潮社

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  1. 2006/09/25(月) 20:27:22|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (15)「時刻表ひとり旅」

 時刻表と鉄道旅行の楽しさを解きほぐす、いわば宮脇版「鉄道旅行術」とも言える作品だ。講談社現代新書のレーベルに入っている。意外にも新書扱いの著作は宮脇作品ではこれ一冊だけだった。
 時刻表とは「見る」ものであり、「調べる」ものであり、「読む」ものではない...というのは通常の理解である。じゃあ、「時刻表のどこがそんなにおもしろいのか」と問われると、なかなか返答に窮する。時刻表は何も答えてくれない。
 じゃあ、宮脇ならではの楽しみ方を伝授しましょうというのがこの本の趣旨である。

時刻表ひとり旅 時刻表ひとり旅
宮脇 俊三 (1981/01)
講談社

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  1. 2006/09/24(日) 14:19:00|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (14)「台湾鉄路千公里」

 宮脇作品初の海外ネタになる。隣国、台湾に広がる1034キロの鉄道路線を一週間で全線踏破してしまう。鉄道趣味なんて意識のない国だから、宮脇の行動は奇異そのもの。用もないのに終着駅に来て、そのまま折り返そうとする……そんなマニアには当たり前のことが伝わらない。
 そして、文章のあちこちで触れられる熱帯ならではの暑さ、旧植民地ならではの遺物。日本で忘れられたアジアの匂いに対する郷愁が満ち満ちている。それがあまりにも気持ちよすぎる。


台湾鉄路千公里 台湾鉄路千公里
宮脇 俊三 (1980/01)
角川書店

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宮脇 俊三 (1985/08)
角川書店

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  1. 2006/09/23(土) 07:57:48|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (13)「夢の山岳鉄道」

夢の山岳鉄道 単行本 夢の山岳鉄道 単行本
宮脇 俊三 (1993/06)
JTB

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夢の山岳鉄道 夢の山岳鉄道
宮脇 俊三 (1995/09)
新潮社

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 日本の名だたる観光地を巡っていると、ため息をつくことが多くなる。クルマで埋まっている道路、駐車場。環境破壊なんて言葉をいちいち出さなくても、こうした排ガスの列が日本の原風景を台無しにしていることは一目瞭然である。でも、そんな彼らによって潤う人たちに対する配慮か、クルマの走行を規制することはまずあり得ない。
 そんな百害あって一利なしの自動車施設を引き剥がして、代わりにスイス風の登山鉄道施設を作ってしまえ……というのがこの本の趣旨になる。
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  1. 2006/09/22(金) 17:30:02|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (12)「古代史紀行」

古代史紀行 古代史紀行
宮脇 俊三 (1990/11)
講談社

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古代史紀行 古代史紀行
宮脇 俊三 (1994/09)
講談社

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 中央公論社時代に『日本の歴史』など歴史全集の編集に携わったこともあり、宮脇の歴史に対する造詣は深い。過去の各紀行作品にもその片鱗が随所に散見されており、文章の奥行きと読者の想像力を深めてくれる。
 本作は『日本通史の旅』として連載された紀行文を集めたもので、各地に点在する史跡巡りを素材としている。歴史年表に従って年代順に訪問していくのが奇抜と言えば奇抜であるけれども、もちろん歴史が主題となっているので鉄道の出番は少ない。そこがマニアにとっては物足りない。
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  1. 2006/09/21(木) 19:55:41|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (11)「失われた鉄道を求めて」

失われた鉄道を求めて 失われた鉄道を求めて
宮脇 俊三 (1989/09)
文藝春秋

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失われた鉄道を求めて 失われた鉄道を求めて
宮脇 俊三 (1992/09)
文藝春秋
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 30年前、40年前の時刻表を読んでいると、無念の想いがこみ上げてくるのは私だけではないはずだ。
 夕張鉄道やら歌登町営軌道やら定山渓鉄道やら耶馬渓鉄道やら田口鉄道やら淡路交通だやら井笠鉄道やら北恵那鉄道やら羽後交通やら……書いているだけでも口惜しさがこみ上げてくるけれども、とにかく時刻表末尾の社線ページにはキラ星のごとく超弩級のローカル私鉄が点在していた。国鉄本文のページも同様。宇品線やら札沼線やら篠山線やら鍛冶屋原線やら大島航路やら。リアルタイムでは体験することができなかった路線が資料を見ずにスラスラ出てくるのは色々とこだわりがあるからなんだろう。特に80年代の国鉄再建法の絡みで消えていった特定地方交通線。家族や学校に拝み倒して中学一年生の時から一人旅に出かける機会を得たこともあり、その6割方は乗車することができた。2割ほどの第3セクター化された路線も後に訪問することができた。けど、残りの2割。白糠線、士幌線、羽幌線、岩内線、日中線、赤谷線、倉吉線、添田線、宮原線、妻線……消えていった宝物は二度と還ってこない。目の前で見送ってのだから始末が悪い。あと5年、いや2年でも早く生まれていたならば……との想いが去来してやまないが、もはや後の祭り。あまりにも口惜しかったから、こうした路線の命日は今でも頭にこびりついている。こうした鉄道関係の文章を紡いでいるのも、元を辿れば、あのときの怨念を引きずっているからなのである。
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  1. 2006/09/20(水) 02:06:36|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (10)「汽車との散歩」

汽車との散歩 汽車との散歩
宮脇 俊三 (1987/05)
新潮社

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汽車との散歩 汽車との散歩
宮脇 俊三 (1990/06)
新潮社

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 テレビに出ている宮脇を何度か見たことがある。『車窓はテレビより面白い』で取り上げられている湧網線の番組と、『線路の果てに旅がある』での北海道廃線巡りの番組である。双方、企画として興味深かったけれど、肝心の本人がボソボソしゃべっていて何を言いたいのか分かりづらかったし、細かくシーンが変わっていくんでいつもの蘊蓄が語られることもなかった。我々マニアの琴線に触れることもなく終わった。まあ、あまりテレビ映りがいい方ではないし、仕方ないだろう。
 けれども、文章のレベルはそれとは無関係である。新潮社から出された『終着駅は始発駅』と『旅は自由席』そして本作をあわせたエッセイ三部作は、宮脇流鉄道旅行術の思想を露わにしてくれる。
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  1. 2006/09/19(火) 23:51:58|
  2. 宮脇俊三の話

宮脇俊三書評40作 (9)「旅の終りは個室寝台車 」

旅の終りは個室寝台車 旅の終りは個室寝台車
宮脇 俊三 (1987/06)
新潮
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 ローカル線紀行が中心だったこれまでとは違い、列車を乗り継いだ旅を集めた作品になっている。
 今回の「曾良」役は、『小説新潮』の藍孝夫氏。阿川弘之作品にも出てくる編集者だ。ただ、鉄道については全く関心がないとかで、宮脇「芭蕉」の解説にもなかなか耳を傾けようとしない。かといって道化役を演じるわけでもなく、ただただ退屈そうな顔で師匠について行くだけである。


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  1. 2006/09/14(木) 23:19:32|
  2. 宮脇俊三の話
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プロフィール

もりくち

Author:もりくち
関西在住の鉄道マニア兼バックパッカー。「とれいん工房」として同人誌を多数発行。2001年に「鉄道未成線を歩く 私鉄編」、2002年に「鉄道未成線を歩く 国鉄編」をJTB出版事業局(現、JTBパブリッシング)から刊行しています。日々の話は、下のリンク先にある「とれいん工房の汽車旅12ヵ月」へ。連絡先はmalmori●nifty.com。

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